西加奈子『サラバ!』に感じる構築感【ネタバレ注意】

一人の人間の生き様を描く物語において、復活や再生をテーマにしたものはよくお目にかかるけれど、私が『サラバ!』に感じたのは、一人の男の子が人間になっていく「構築」感ともいうべきものでした。

西加奈子著『サラバ』上巻680円 

西加奈子さんの2015年直木賞受賞作。今更ですが、西さんの本を読んだのは「さくら」に続いての2作目です。西さんの小説は、私の知る限り電子書籍になっていないこともあり、今回もがっつり文庫で3冊読みました。

圷歩(あくつあゆむ)くんという男の子が生まれた瞬間から始まる、彼の半生記です。

「僕はこの世界に左足から登場した――。」という印象的な書き出し。以前、作者の西加奈子先生が、この一節が浮かんだときに小説の方向性が決まったというようなお話をされていた記憶があります。

実は、この『サラバ!』は西加奈子先生の活動10周年記念作品。西先生自身、そのときにあるものを全て出し切ったというほど、熱量の高い内容です。

と言っても、押しつけがましいわけでなく、淡々と語られる歩君の日々。その声は決して感情的ではなく、むしろ控えめでありながら、ついつい聞いている(読んでいる)側が、「それで? それで?」と続きを促してしまうような吸引力があるのです。

イランのテヘラン生まれで、エジプトのカイロ育ちという特殊な育ち方の歩君ですが、それはそのまま西加奈子先生の育った環境で、世代も同じにして、私小説と思われることも覚悟の上で挑んだところに、熱量の一端が窺われます。

美しい母親、やさしい父親、変わり者の姉、美男子の歩君の家族4人は、テヘランから日本に帰ったときからの姉の破綻ぶり(ADHD?)、その後カイロに移ってから、社交界の花形になる母、カイロでできた親友、父の突然の一時帰国からの両親の離婚。それによって、帰国を余儀なくされた歩君と親友・ヤコブとの別れ……「サラバ!」はの2人にとって大切な言葉でした。

ただ、なぜ圷家は海外赴任ばかりするのか、なぜ父は突然帰国し、離婚することになったのか、などの理由は語れることなく、謎のまま不穏な空気をはらませます。

日本に帰ってからも、母の実家や隣人との関わり、姉の破綻ぶりと、1人まともな歩君を中心に周りの環境が語られていきますが、歩君が大学入学のため、単身東京に出るあたりから、少しずつ彼自身の問題が起こり始めるのです。……で中巻の半分ぐらいかな。

そこからが怒濤。1巻読むのには1ヶ月ぐらいかかりましたけど、中巻1週間、下巻1日半で読み切りました。

一番まともに見えていた歩君が、実は周りの空気を読みすぎるあまり、自分を見失って転落していく後半は、(いるよね、本人が気付かない限り、周りはどうしようもない人)とはらはらしました。

そんな歩君に、海外に出て結婚し、とてもまともになったお姉さん(読んでて、後半はずっと安藤サクラさんのイメージでした)から言われる言葉は、読んでいる人にとっても刺さるものだと思います。

国際問題や、ジェンダー、発達障害、そして震災など、今の世界が抱える問題を巻き込みながら、歩君が僧侶になった父親を訪れ、彼の話からすべての謎が解けたとき、世界が反転したような衝撃を受けました。

歩君に共感している読者としては、それまでいびつに積み上げてきた自分が、一度ガラガラと崩れ落ちたかのような感覚。

そして、その後、本当の歩君が新たに構築されていくところでは、自分の足で立ち、現実を見ることのリアルな体感がありました。

重いのではない、ハッピー!と舞い上がる幸福感でもない、ただじわじわと感動が湧き上がってくる。小説を読むまっとうな喜びを味わわせてくれた作品でした。

※文庫出版時のインタビュー。西先生の思いが語られています。

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